2009年1月 4日 (日)

逃避癖

私には生まれついての悪い癖で逃避癖というのがある。

心理学で定義付けられるところのそれは、辛いことや

苦しい現実から、するりと身を交わして逃げてやろうと

試みるのである。

酒などはその最たるもので、早速お正月からやり過ぎてしまい、

長女がタオルを投げてくれた。

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ふらついた身体のまま一階の事務所に下りる。

すると、ここにも一人、親譲りの逃避癖を誇るヘキサゴンな

次女が、先日、生家から余計なものを持ち帰っている。

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学生の頃、バイトのお金で夢を買った。

結局モノにならなかったエレキ・ベース。

受験を控えた彼女にとって、とにかく自分の気持ちを逃がせる

、どんな些細なものにでもすがりたいのであろう。

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幸いご近所の人々は、遠方へでも出かけられて留守のよう

だったのでアンプに灯を入れてみる。

錆びついた弦を弾いてみても、運指が思い出せない。

チョッパー奏法でアメリカ国歌をたどたどしく、つまりつつはじいて

苦笑し、電源を落とした。

埃にまみれたアンプをウエット・ティッシュで拭っていると

後方の開口部から…出るわ出るわ煙草の空き箱。

年月を見ると昭和57年の表記があった。

モノにならない由縁である。

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2009年1月 1日 (木)

2009ラッキーカラー

新年あけましておめでとうございます。

え?年中めでたいてめぇに言われたくないと…。

トホホである。

せっかくの新春ゆえ、冷たい視線を柔和に戻して、本年も

よろしくお願いしたいものであります。

という訳で、毎年恒例に施している風水の術。

神頼みという訳ではなく、己に対する自己暗示のプラス

エネルギーによって自らを鼓舞する目的である。

お調子者は単純なのだ。へへへっ。

1

まずは黄色。

黄色には、社交運・金運を高めるパワーがあるとのこと。

明るい気持ちや素直な気持ちをもたらし、周囲に注意を促す

効果もあるんだって。

うん。確かに。

暗い世相を吹き飛ばしてくれそうな色ではある。

頑張れ黄色。

2

続いてピンク。

ピンクには心を穏やかにしてくれるパワーがあるらしい。

「恋愛運を上昇させる効果があるのは有名ですね。」

…だって。

うぅっ…。困っちゃうわ…アタイ。

他にも結婚運や人間関係を引き寄せ育てる力を秘めたピンク。

ほんわかと、胸のうちが暖かくなる色だ。

3

そしてゴールド。

相変わらず。ゴールド。ゴージャス。ゴールド。

言わずと知れた金運である。

それだけに留まらず、タイミングを整えてくれチャンスを生み

出す力を持っているんだって。

うん。今年はしっかりと稼いで沢山遊びたいものである。

人は働くために生きるにあらず。

あそびをせんとやうまれけむ。である。

短い人生。楽しく過ごしたいのは万人の願いであろう。

さて、最後のくだりが理屈っぽくなってしまったけど…。

moukunよ…。

ピンクにこだわってたら…。

…足元すくわれるぞよ。

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2008年12月28日 (日)

馬鹿なりに。

万人に平等に年の暮れは訪れるようで、私のような

おばかな男にも分け隔てなくやってきた。

PC周りを雑に片付けてパチリ。

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言葉の力は際限なく強いものだと知りつつも、未だに

その匙加減を解らずじまいのおばかです。

やはり年末の諸々に追われつつ、本年もキーボードを

置いて普通の男の子に戻りたく、ここにその意を表します。

素敵な人々が、おばかを見守ってくれる。

そんなことが幸せであると思った一年でした。

皆様方におかれましては、どうぞよき年となりますように。

ありがとね。

今年お話してくださった皆に感謝しつつキーボードを

置きます。

また来年もよろしくね。

「キーボード手垢落として年の暮れ」秋光

ENTERキーの汚れたるや…ハンパない。

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2008年12月17日 (水)

エイリアンの逆襲

朝一番に検査の説明を受ける。

あのねのねの清水國明似のベテラン看護師さんが丁寧に

指導してくれた。

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この下剤を全部飲み干して、午前中に腸内を空洞にせよという。

ポカリスゥエットのような味を2リットル。

ビールなら、お安い御用であるが、甘いのは苦手である。

せめて紙コップの底に紺色の二重丸でも描いてくれれば、

新酒の利き酒をしている杜氏のような雰囲気も味わえるのに。

半分飲み干した時点で最初の兆候が現れると聞いたのだが、

一向にその気配が…。…きた。

都合5回ほどトイレを往復して、最終確認を看護師さんにお願い

しなければならない。

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おのが排泄物を他人に見られる屈辱感もさることながら、

なんだか申し訳ない気分で「恐れ入ります。」とお願いする。

胆汁によると思われるクリーンなレモン色の水を確認してOK。

さて、紙製の手術着とアナーキーなパンツに着替えて

内視鏡室へと。

精密機械の正面に黒くて長いホースが見える。

モンブランの万年筆くらいの太さ。

「…まさか。こんなの。違うよね。無理よ。アタイ。」

…はたしてそれであった。

俎板の上の鯉となった私に麻酔の注射が施される。

頭の中で「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。…。」

とニヒルなナレーションを呟いていると、「ゼリー塗りまぁす。」

「や…やだ~~~っ!…うっぷすっ!」

内視鏡には熟練を要するらしく、ベテランが操作すると殆ど

違和感なく診療が進むらしい。

ところがどうやらH医師は若すぎる恋人のようであった。

腸壁の曲がり角で苦痛に顔が歪み、脂汗が流れる。

「ゆっくり…きて…。だめっ!そんなに乱暴にしちゃ。あん。」

「痛かった?ごめんなさい。」

エイリアンさながらに管が腸内をうねる違和感たるや。

シガニー・ウィーヴァーも真っ青である。

待合室で見ていたグロテスクな病変の写真を想像しつつ、

盲腸付近に辿り着いたカメラのモニターを恐る恐る眺める。

…綺麗だ…。

わが腸ながら、色艶ともに申し分なく、軽く塩をして炭火で

炙れば何杯でも飲めそうな感じである。

「これが盲腸です。」

H医師が示す部分は軟式ボールの臍のように少しくぼんで

いる。

ああ。その部分から虫垂が垂れてるのか…って。先生。

「3~4cmの病変というのは…どこですか?」

「ないですね。そう見えただけだったんでしょうねぇ。」

無責任だ。あまりにも。

すでに秋光の名に恥じぬよう、春の季語で辞世の句まで

準備していたのに。

それでも内部に大小のポリープが発見されたので、切除して

もらった。

キノコのような病変にワイヤがかけられ、根元を絞って焼き切る。

最期の一個が、かなり大きな病変であったのと、S字結腸に

存在していたため、H医師は悪戦苦闘を続けた。

「だめだ。抜けちゃう。」

「角度が…難しい。」

結局、切除後のクリップ(傷口を挟む鰐口クリップのようなもの。)

がどうしても挟めないようで、「もう。無理だ。」

「出血があるかもしれないけど、その時はその時としましょ。」

もう。いいや。どうだって。

それより、そろそろ陵辱から解放されたい。

次は、もっと大人な彼を選ぶわ。

リカバリー室で止血剤の点滴を受けるも、一向に落ちない。

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ワイフが若い美人看護師さんに声をかけて、セットし直して

もらった。

どうやら血管内部に針先が当たっているようで、微妙な角度

でないと正常に落ちてこない。

私の右腕にしがみつくように奮闘する彼女に、患者特有の

少し疲れた子犬のような眼差しをむけ、小声で「ありがとう。」

と囁く。

ナイチンゲール症候群を喚起された彼女は、長い間苦労して

やっとセットできると、頬をあからめ「また…きます。」とその場

を去った。

面白くないのはワイフである。

私の解説に、般若の形相で、

「一度抜いて、刺し直したらいいだけでしょ?」

麻酔による麻痺のため運転は禁止されていた。

ピンチヒッターとして長女がきてくれてたが、面倒なので

自分でハンドルを握る。

遅れついでに、先日作業したイルミネーションを眺めて

帰路についた。

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炬燵に落ち着いてから、安堵した表情のワイフに

「けど…結論として…アナルは…無いな。きっと。」

しんみりと無茶振りすると、

「余計なことを言わない!」

長女からピシャリと抑えられた。

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2008年12月14日 (日)

♪よ~くかんがえよう~

なんだか勝手が違う。

ここのところ妙にワイフの態度が優しいのである。

「何が食べたい?食べたいもの何でも言って。」

「…。」

普段は家計をやり繰りするのに必死で、お野菜が安いと聞けば

スラムのようなK町まで買い物に行くのに。

どうやら先日のレントゲンを目の当たりにしてから、私の身を

案じてくれているようである。

それにしても、帰宅すると必ずドリップの美味しいコーヒーを

入れてくれたり、執拗につきまとって恋人同士のように会話

したり。

新婚当初に戻ったような変な感覚。

夜だって…。

まあ、まだ最終検査を受けてみないとはっきりとした答えは

出ないのである。

楽観的に受け止めて、ふとワイフの化粧台の横に、一冊の

ファイルを見つけた。

TVCMでよくみかける白いアヒルが表紙にある。

外資系の。ああ。

半開きの口でファイルを手に、しばしたたずむ。

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2008年12月 7日 (日)

いもたこなんきん

井原西鶴とは江戸時代の人物であるが、彼の言葉で察するに

その当時から女性の好むものは現代にもそのまんま通用する。

「とかく女の好むもの、芝居、浄瑠璃、芋、蛸、南瓜。」

言い得て妙である。

現代で言うところの芝居は、コンサート等に置き換えられる

だろうか。

イケメンや美声に惹かれるのは本能的な性である。

浄瑠璃に関しては、男女の愛憎劇や親子の葛藤等、人と

して生まれた以上、避けられぬ人間関係をモチーフとして

描かれた構図からして、こちらもおおよそ合点がいく。

はて。芋・蛸・南瓜である。

死んだ(もとい。生きている。)母が言うに、私を身ごもっている

ときに里芋が食べたかったから、お前は里芋が好物なんだ。

と。勝手に決め付けている。

もともと食べ物に好き嫌いは無いものの、里芋独特のぬるっ、

ねちゃっとした卑猥な食感は、やや苦手なほうで…。

うん…。みなまで言うなよぅ。卑猥はことは大好きなんだけどね。

ああ。話が遠くに飛んでM78星雲まで行ってしまってた。

こういうとき便利な四字熟語が閑話休題。

という訳でさつまいもである。コホン。

急激な寒波が遠慮なくやってきた南国の地で、毛穴の数が

少し多い南国人は耐え切れずにストーブに火を入れる。

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たちまち「焼き芋屋さん」に変身する。

愛用の迷彩柄皮手袋では、いささか情緒がない。

やはり綿の軍手が定番である。

少し汚れているほうが点数は高いものの。

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出来上がった焼き芋を安置するには新聞紙の株式欄に限る。

それも、精密機械の部分が一番しっくりとくる。

間違ってもスポーツ新聞のいかがわしい小説の上には

置かないで欲しいものだ。個人的に。

さて。焼き加減は…どうでしょう…。

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うんうん。蒸し焼き効果で中は飴色である。

湯気もほっこり。

ほら…。口が開いてるよ。

子供ぢゃないんだから。

ちなみに皮も同時に食べることによって消化酵素が働いて

ガスの発生を抑止するんだって。

あ。絶対こっちむいてするなよぅ。

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2008年12月 6日 (土)

恋人たちのクリスマス

天気予報がのたまうに、日中の最高気温が昨日よりも

12度も低いという今日は、温暖な当地には珍しく、雪だるま

の表示が出ていた。

ここしばらく、地元から離れた現場ばかりだったので、足元の

季節を見失っていたようだ。

現場に到着すると銀杏並木の落ち葉が景気よく舞い落ちていた。

足元には、溢れんばかりの黄金色の扇が絨毯のごとく敷き詰め

られ、その一部はすでに近隣の有志によってか袋詰されている。

都合3台の高所作業車で、それぞれの銀杏の木にとりつく。

ヘキサゴンな次女が「ダイオーハッコード」と、必ず言い間違う

発光ダイオードを、ひたすら枝に巻きつけてゆく。

おもわず「欧米かっ!」と叫びたくなるイルミネーションも、最近

では、すっかり定着してきて、景気の後退と反比例のグラフを

描くように、その総量を増しつつ、冷たい光を夜空に放つ。

マッチ売りの少女ではないが、ひねくれた私には、どうしても

そのかりそめの華やかさが切なくさえ思えてしまう。

本当に美しいのは、夾雑物の無い星の灯りなのに。

さて、感傷にふけっている暇は無いのである。

作業車では、バケットの位置が制限されるので必然的に

直接、枝から枝へと猿飛び佐助を余儀なくされる。

もとより、幼少期に培ったセンスは衰えも知らず、祖父に

「柿の木は登るな。」と忠告を受けても登った柿の木が

見事に折れて全身打撲になったのも、今となれば財産である。

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そのうちクリスマスソングも音量を上げ、マライヤや桑田、

はたまた定番の山下くんまでもが、「バカップル」を無意味

に昂揚させて、その購買意欲に火をつけるのであろう。

樹上の私にメールが入る。

宛名は長女より。

「しゃきーん。」

なんぢゃ?しゃきんて?…。

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嗚呼。

さふいへば、成人式の前張りぢゃない前撮りに行くって

言ってたっけ。

「うん。別嬪さんや。」と返すのが精一杯の私だった。

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2008年12月 5日 (金)

ミクロの決死圏

検査結果を一人で聞きに行くと、悪い報告の場合、握りつぶし

かねない私の性格を熟知したワイフが同行して病院へ。

問題児につきそう母親のような状態で、小競り合いをしながら

診察室の前に到着した。

お好み焼きが二枚は焼けるくらいの長い時間待ちぼうけを

くらって、やっと呼び出しの院内ポケベルが振動した。

マスクを取ると小室哲也によく似たH医師は、モニターの

映像を指差して躊躇せずに言い放った。

「レントゲンに異常が見られます。」

なかなかまじまじと見る機会もなかった己の腸のレントゲン。

自分で言うのもおこがましいが、太く立派で男前に写っている。

これのどこが異常だとおっしゃってけつかるんだろうか?

「この…盲腸のあたりに3~4cmの腫瘍状のものが見えます。」

どうも素人目で見ると判然としないのだが、小室さんがそう言う

んだから、まあ、そうなのであろう。

病理組織を調べてみないと正確な診断はできないので、次回

ファイバースコープによる精密検査を余儀なくされる。

またまた屈辱と羞恥に苛まれるのである。

もう…ヤダ。あたい。

自分自身、23歳まで婦人科の医師をしていたので(嘘)想像

がつくのだが、病変のある部位が直腸側ではないので、幸い

人工肛門を施す必要は無いであろうが、サイズから鑑みて、

開腹手術はまぬがれないであろうし、転移についても慎重を

期する必要があろう。

どうやら長丁場となりそうな気配が濃厚であるが、入院生活

ともなると美人看護師さんにちやほやされる自分を妄想して

自然と鼻の下を伸ばしている脳天気なクランケであった。

まったく。キミだけはね。殺しても死なないよ。

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2008年12月 1日 (月)

世にも微妙な物語

一畳程度の個室で着替えを強要される。

手渡されたのはよくある手術着と紙でできた紺色の

トランクス。

なぜかスケベパンツのような穴が開いている。

先日の健康診断で便に潜血が認められたことは、北海道

行きを阻止されては嫌なのでワイフには秘密にしておいた。

ばれるやいなや大病院での精密検査を余儀なくされた今日。

スピードワゴンの小沢さんに似た先生が、幼稚園児をさとす

ように検査の概要を説明してくれた。

とびっきり恥ずかしい格好を美人看護師さんに見られる

くらいなら、いっそ逃げ出してしまおうとも考えていたが、

優しそうな彼になら身を任せてもいいわ。うふ。

どうにでもなれいっ!

ところが甘いマスクでも、やることは甘くないのであった。

チューブを挿入する前段取りのために、私の恥ずかしい穴

に潤滑ゼリーが塗られる。

「これは…どこで購入できるので…。」

余計な質問の届かぬままに、小沢さんの中指が胎内に。

「うっぷすっ!」

優しくしてくんなきゃヤダ。

男として、これほどの喪失感と屈辱感は経験が無い。

「はい。チューブはいりま~す。」

ニューボトルみたいに軽く言うけどさぁ…。

「うっぷすっ!」

おそらく、痔を患われた人には無理だと思う。

なぜならチューブの脱落を防止するために直腸内部と肛門

の外側、双方からバルーンを膨らませて圧迫するのである。

「はいっ、はいりま~す。」

先生がマイクで合図すると、大腸の内部にトロトロとバリウム

が挿入されるのが手にとるように解る。

手にとらないけど。

「次、空気はいりま~す。」

嗚呼。子供の頃にカエルをいじめた罰だよね。これって。

その後X線を浴びせられながら、様々な痴態をとらされる。

「はいっ!い~ね~っ!いまの表情。グッドですぅ~!

今度は人を待っているような表情で。はいっ!アクション!」

ポージングも板についてきた頃、ふと隣接するモニターが

目に入る。

なんと!おのれの腹の内が丸見えではないか!

ああ。この映像。何人も見てもらいたい人がおるぞよ。

せめて今ならバリウムのお陰で腹は黒くないのに。

モデルとして一人前の自覚が芽生えた頃、撮影会は終了。

禁は解かれた。

重くのしかかるやるせなさに内股で着替えに戻ると、次の

患者さんが着替えを終えてでてきた。

まだうら若い美人の患者さんを目の当たりにした私は、当然

天性のいたずら心が頭をもたげ、究極の苦悶の表情で不安

をあおろうなどと考えたが、今日は許してあげた。

検査のためにプチ断食をしていたお腹を満たすため、病院に

併設されたファミマでお茶とサンドウィッチを購入する。

たった一日で、精神的には力石徹状態の我慢のない私である。

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2008年11月26日 (水)

MIZUTAMARI

少し前から異変は感じていたものの、大の病院嫌い

(主に注射。痛いの怖い。)により放置していた。

ところが先日の北海道の現場を終えてからというもの、

一向に痛みが退かない。

右の膝だけにとどまらず、左の膝まで痛みはじめたので

仕事に支障が出てはまずいと、急遽、心を鬼にして「渡る世間」

のテーマをハミングしつつ、恐怖の整形外科を訪ねてみた。

ごく近くにある「T整形」は、木春パパの口コミで知っていた。

よく聞く話で、「整形外科という処は、お年寄りにとっての

コミュニティーの場と化している。」との噂。

真実であった。

受付時間さえ確認せずに、「お年寄りは朝早いからなぁ…。」

と余裕を勘案して8時に訪れると、すでに内部は満員御礼。

永谷園の懸賞幕まで周りそうな勢い。

思い切り聞こえるヒソヒソ話によると、どうやら5時30分くらいから、

お年寄りは暗躍しているらしい。

…元気ですねぇ…。諸先輩方。

きみまろ、もしくは毒蝮三太夫に変身したい気持ちであった。

勝手がわからず、受付の前で、まごまごしている私を、関西の

オバチャンが見逃すはずもない。

ヨーダのようなお姐様がツカツカと健脚で忍びよる。

「ここにな。これとこれを書いて…。」

「はぁ…。」

「受付に出すっ!…ちっ!」

アゴでしゃくられても…。あたいはじめてなんだもん。グスン。

「あ。ありがとう、お母さん。でも受付9時からになってるみ…。」

「カーテンの向こうには、もうおるんじゃけん。すいませ~んっ!

すぅういませえぇ~んっ!」

背伸びして叫ぶヨーダ姐さん。

はたしてカーテンは開いた。オープン・ザ・セサミである。

色白の可愛い受付嬢に、「あの~。はじめてなので。どうすれば?」

と訊ねる。

「あらん。そうなのぉ?じゃあ…先に歯を磨いちゃってくださいな。」

なんて…そんなお店ぢゃあないっ!軌道修正。

てきぱきと医療事務をこなしてくれた彼女に、「かなり待ち時間

かかりますかねぇ?」と低俗な質問を投げかける。

すでに個人病院特有の順番表の47番目にサインしておいて。

ところが意外にも軽い口調で「いえ。そんなことないですよ。」と。

本当だろうか?彼女の時間の基準も曖昧なまま、ヨーダ姐さんに

お礼の合図を済ませて、表のベンチで煙草をくゆらす。

そんな私の傍らを、ひっきりなしに院内に詣でる人。人。人。

…そんなに人間が入れるのか?

いまにサザエさん家の山小屋みたいに4の字を描いて建物が

揺れるのでは?と心配させるほどの盛況ぶりである。

挙句の果てには町内会長さんまで登場したので、ご挨拶をした

ものの、益々耳が遠くなっておられる様子で、緩慢な動作のまま

院内へとロボットのように没した。…知らない。…もう。

溜め息とともに二本目の煙草に火をつける。

すると、唐突に、外部にも聞こえるくぐもったアナウンスが、

てきぱきと患者を振り分けはじめた。

「○○さ~ん△△さ~ん。物療の前へ。××さ~ん□□さ~ん。

診察室の前へ。」

私が最近お世話になっている全国展開の激安オートメーション

理髪店のスローガンが浮かぶ。たしか壁にかかってたっけ。

人の頭をじゃがいものように効率よく扱ってくださるナイスなお店。

川の流れは美しい

川の流れる様に

仕事を流す

止めたら洪水

川の流れは大きな石をも流す

サービスで「耳も刈ります!」と書いてあげたいけど…。

叱られるのは嫌だ。

などと感慨に耽っていると、スレンダーな看護師さんが水色の

素敵なナース服で院内から飛び出してきた。

「moukunさ~ん…。moukunさ~ん…。」

呼びかけに答えるように右手を挙げて彼女に従う。

「てめぇか?コノヤロ?探してんのに。手間取らせるな!」

と書いてある背中に恐縮しつつも診察室の前。

なぎら健一風の、優しそうな先生は、私の足を見るなり、

「あらあっ!よく我慢してましたねぇ?ここまでぇ?」。

冗談ぢゃない。昨日も大型トラックの荷台を何度も昇り降り

した大切なアンヨである。

「完全に水が溜まってますよぉ。」

「…。原因は…。酒の飲みすぎですかねぇ?」

「いや。レントゲンを見るに軟骨の減りでもないし、…。へんな

角度に曲げられました?」

うん。

へんな体位はとってないけど、足場の昇り降りは、此処のところ

熾烈を極めたんだ…。

冷たそうな銀色のトレーに、大嫌いな注射器が並ぶ。

大ぶりなサイズが。何本も。

見てみぬ振りをしつつも、すでにブルーのテーマが流れる。

今日は由紀さおりさんがスキャットを唄ってくださった。

寺島しのぶ風の看護師さんが私をベッドへといざなう。

…決して楽しいことが始まる訳ではないのがわっかっていても

男の子という生き物は、総じてアホである。

鼻の下を伸ばしたままファッションヘルスのようなベッドへ。

「もう…。いいの私。…好きにして…」。

覚悟を決めると、

「ちょっと痛いですよぉ~っ!」

嬉しそうに私の膝に針をつきたてる先生。

「せっ!センセ…イッ!…。お…男ってみんな…けだものよっ!」

と叫びたかったが、周りの看護師さんの目があるので我慢した。

というより想像したほどの痛みではなく、むしろ悪いものを

吸い取ってもらっている感が強かった。

「ああ。これで、あたいも真っ当な人間になれるわ…。」

一仕事終えた大ぶりの注射器には私の悪しき体液が充満して

いる。

昔懐かしいニッケ水の黄色みたいな体液。

「左はねぇ。二本も捕れたよぅ。」と昆虫採集のごとく喜ぶ先生。

よかったね。先生。

事後処理は寺島さんが担当してくれ、カーテンで締め切った

個室で優しく湿布薬及びサポーターを装着してくれた。

ふと気付いて、重病人でもないんだから自分で装着しようと

手を伸ばし、「ありがとう。あとはできます。」と艶っぽく言うと

彼女の頬が少し赤らんだように見えた。……だけ。

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2008年11月23日 (日)

犬も歩けば。

妙な虚脱感とともにぼんやりと目覚めた。

そんな私を叱咤するかのごとく、木春くんより急ぎの見積り

及びデータ作成の依頼がある。

慌しくまとめあげたファイルをメール添付で送ろうとしたものの、

容量が大きすぎてエラーになる。

仕方なくCDにデータを焼いて直接届けた。

「さて。昼から飲んでこましたろ。」

などと悪しき考えが頭をよぎり、近所の大型酒店へ。

トラックを駐車スペースに潜りこませるべく、やっと一台分の

空きスペースをみつけ、進入を試みるも、不埒にも前を横切る

一人の男。

目力を入れてよくよく見れば…。…。

見た顔…。

脳に蓄積されたデータファイルが拡張子をJPGに変換して、

光速スライドショーが展開する。

口を半開きにしたまま真っ白な瞳で探し当てた一枚。

ビンゴ。

「Iさんっ!Iさんぢゃないですか!」

「…。???。」

サングラスを外して助手席に投げ飛ばすと、Iさんは驚愕の

笑みで破顔した。

「うおっ!moukunっ!」

無理もない。20年ぶりだもの。

工業高校の先輩でもあるIさんは、新入社員であったダメな私

を、ことのほか可愛がってくれた。

エッチなことと、車のことしか考えてなかった当時の私は、仕事

においても当然のごとくミスを連発し、たちの悪いことに、その

ミスさえも反省せずにそっぽをむくようなダメ人間であった。

世間に「新人類」という言葉が流布した時代。

そんな私が、ある日フォークリフトで社屋を突き破ったとき、

「moukun。お前。これ以上ペナルティーがついたらやばいから。

これは、俺がやったことにしておくぞ。」

男気に身体が震えて、その日から私は変わった。

瞬く間に優良社員表彰として自社株のご褒美をいただいたのも

Iさんのおかげである。

記憶というのは、すごいもので当時の光景がリアルに浮かぶ。

繁華街に飲みに出かけた私が仲間と別れ、帰路についた時

一際輝きを放っている、人待ち顔のIさんを見かけた。

ホストの男なんぞ足元にも及ばぬ貴公子が黒いコートを纏って

腕時計を眺めていた。

私のワイフにでさえ「Iさんのファン。」だと言わしめた美男子は

今年で48になると言う。

私の同期入社の男の話。お互いの子供の話。現在の暮らしの

話。

延々と男同士の立ち話は続いた。

早く気付いてあげなければならない。

Iさんは両手に沢山の買い物袋を携えて、そろそろ指が

血行不良で壊死する寸前。

名刺を手渡し、「遊びに来て下さい。」と伝えてお別れした。

人間。生きてるとハッピーな一日もあるもんだと感じた。

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子供がまだ食ってる途中でしょうが!!

帯広の現場は、午後3時ともなるとすでに夕方の陽射し

となり、とにかく日没が早かった。

地球上での四国との座標の違いはもとより、西側に聳える

日高連峰が初冬の太陽を早々に飲み込んでしまうからである。

初日にホテルに戻って身体の異変に気づく。

数年前に悩まされた原因不明の蕁麻疹が二の腕に見えた。

アナフィラキシー・ショックを起こして救急車で搬送された悪夢が

想い起される。

完治したと油断して、薬は一錠しか持参してない。

処方箋の必要な薬ゆえ、旅先で入手するのは困難である。

さて。困ったぞ。

ピンチのテーマが流れはじめる。

はたと思いついて携帯電話を手にした。

予備の薬のある場所とホテルの住所、部屋番号を記して

娘にメールを入れる。「至急、速達にて送って。」

返す刀で電話がかかった。

心配するワイフの声に、さほど酷い症状ではないことと、

当面の薬はある旨を伝え、替わった娘に詳細を確認した。

結局、酷い症状には至らず、二日後に届いた薬は不要と

なったが、感謝のメールを送っておく。

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仕事自体は、アクシデントが発生しつつも金曜日には

終了した。

札幌支店のダンディーな支店長も駆けつけて慰労くださり、

美味しいジンギスカンをご馳走になったりした。

予定通り、金曜昼までに積み込みが終了したので、過酷な

現場を支えてくださった帯広の人々と固い握手をかわして、

感謝の言葉を伝え、笑顔でお別れした。

「田舎に泊まろう。」のエンディング状態の私は、涙をこらえる

ので精一杯だった。

札幌支店の車をお借りして、帯広を離れた私達は、日勝峠

を越えて札幌の街へとむかった。

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到着時には、すっかりと暗くなっていたが、札幌支店に搬入し

なければならない荷物があったので、小雨の中、皆で作業した。

事務所でコーヒーをいただく頃には疲労もピークに達しており、

美しい事務員さんに色目を使う元気さえ失せていた。

以下長くなるのでダイジェストで。

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(十勝名物の豚丼)。

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(ホーマックにも行きました。)

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(居酒屋のシマホッケ最高。店員さんも色白美人。)

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(時計台の下で銀杏の落ち葉を拾いました。)

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(禁煙の街札幌。私は住めない。)

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(二条市場の活気。安くしてくれた。)

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(美女を盗撮したり。捕まるぅ。Mよ。見切れてるぞ。)

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(生キャラメルに付和雷同する人の群れ。)

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(また行ってみたい美しい風景。)

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2008年11月17日 (月)

十勝晴れ

「ぢゃ。行ってまいるぞよ。」

照れるワイフにフレンチ・キスをすると階段を駆け下りる。

約束の時間通りに旧友Mが、妻君の助手席に納まって

迎えにきてくれた。

7:35松山発、羽田行きは整備の遅れのため20分遅れで到着。

煙草を吸う猶予さえ与えられずにマイクロバスで搬送された

我々がギリギリで乗り込んだ便は、隣席に美女が乗っていたにも

かかわらず、無事、定刻に新千歳へと降りたった。

出迎えてくれた本社のO氏が駆るインスパイアは快調に帯広

へと進路をとる。

途中、夕張で食事をとり、残雪の日勝峠を経由して帯広の現場

へと到着した。

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そこに見たのは充分なボリュームを携えた現場であった。

はたして一週間の工期で間に合うか知らん?とMの段取りを

疑う私がいた。

加えて、未だ午後3時を廻った時刻にもかかわらず、すでに

夕刻の陽射しであることに、北半球の憂鬱を想い、西側に

聳える日高連峰に畏怖の眼差しを向ける私がいた。

シベリア抑留生活を覚悟していた私に与えられたのは狭いなが

らも清潔な個室の部屋で、隣室のMのイビキさえ響かなければ、

申し分のない居住空間であった。

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…いや。本当に。

笑いごとではないのである。

当初、携帯電話のバイブ機能の音かとおもいきや、壁一枚

隔てたヤツのイビキの音であったのである。

デリヘル嬢を召還できるほどの設えではないという事実を

突きつけられる。

寒さに関しては、現地の人が胸を張って言う「典型的な十勝晴れ」

が私達を守ってくれた。

放射冷却により早朝こそマイナス4度の霜が支配する世界で

あったものの、日中は穏やかに晴れ渡り、慣れない厚着では

汗をかいてしまう。

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それでも温度調節が上手にできぬおばかな私。

暑いからと上着を脱ぐと、汗が引いた頃に寒気がする。

当初は、お腹を冷やしてしまい、現地の人に

「近くにトイレありますか?」と聞くと「そこに公園があるけど

…今の時期からは閉鎖してっから。水道しばれちゃうんで。

しばれるって…解る?凍るってこと。」

使えない公衆トイレに絶望しつつ、両足の親指を曲げたまま

堪えて、やっとの思いで、お昼のラーメン屋さんで安堵の

溜め息をもらす事となる。

糞死しなかったのは不幸中の幸い。

ところが、ハプニングに魅入られた私の宿命は、さらに

新たな展開を迎えることとなるのであった。

(橋田先生くらい、話せば長いので、次回へと続く。)

http://jp.youtube.com/watch?v=R4DlrwYeoSM&feature=related

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2008年10月28日 (火)

壊れかけのRadio

商業デザイナーであるT氏とは、これまでにも何度か

面識はあった。

寡黙で気取りの無い「剛毅木訥」という印象だけを漠然と

感じていた。

次回の現場の件で、彼の事務所で打ち合わせを行うこととなり、

まだ、真新しいマンションのエントランスで待っていると、約束の

時間より少し遅れて彼は到着した。

セキュリティーを素早く解除すると2階の事務所に、エレベーター

すらもどかしく階段を駆け上がる彼に続く。

トレンディードラマの舞台になりそうな一室に、チンピラのように

キョロキョロしながらお邪魔する。

入口を入ってすぐ右手のキッチンにはペーパーフィルター

抽出によるコーヒーの残骸が男臭く放置されていた。

うなぎの寝床のように細長いカウンターで二分割された部屋と

隣りの部屋にも仕事用のPCが乱立する。

「アップルですか?」

「アップル2台、ウインドウズが2台。」

うながされるままに近未来的な椅子に身体をあずける。

いつの間に操作したのか、部屋には今井美樹の、もたれるような

甘い歌声が流れはじめた。

音源を目で追ったが、すぐには発見できなかった。

改めてBOSEスピーカーの性能の素晴らしさを目に…否。

耳に見せられる。

図面をプリントアウトしてもらう間に、目に止まったガラスの

飾り棚を占拠するCDの背見出しを目で追う。

丁度私より10歳年上らしい落ち着いた選曲ばかりだ。

いつのまにかBGMは井上揚水の気だるいヴォーカルに

変っている。

「あれ?有線ですか?」

「いや…自分で…。」

「ああ。」

沸騰するケトルが会話を途切れさせると、ほどなく小振りな

ティーカップにプレーンな紅茶を満たしてくれた。

切なくも聞き覚えのあるイントロが耳に忍び込んだとき、私は

完全にリラックスしていた。

壊れかけのRadio。

徳永英明の澄んだ舌足らずの歌声が流れる。

危ない危ない。

もしT氏のルックスが、修復さえ困難な壊れかたでなかったら、

私は抱かれていたかもしれない。

打ち合わせを終えて帰路につくと、前を走るRV車から少年が

手を振ってきた。

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その仕草が屈託なく可愛くって、おおげさに振り返す。

よく見ると何故か後部のガラスが無い。

そのことによる開放感からか、少年はしつこいくらいに私に

手を振ってくる。

何度も笑顔をやりとりしつつも、お別れの交差点で私の車は

右にウインカーを上げた。

少しがっかりした表情で手を振る少年に満面の笑みで手を

振り終える。

脳裏に残っていたさっきの歌をくちずさんでいると、知らぬまに

サングラスの奥の右目だけから涙がひとすじ流れた。

壊れかけのRadio

http://jp.youtube.com/watch?v=oxpe80Ae2rE

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2008年10月12日 (日)

鬼教官殿

まがりなりにも、学ぶ力を持っている長女との会話は楽しい。

私が少々、イレギュラーな話を投げても、逆回転のアクション

が宿った言葉を投げ返してくれる。

私を「反面教師」として学んだ成果が現れはじめたようだ。

町外れにある大学病院での講義が続く彼女に、登校時は

自分でハンドルを握らせ、下校時に再度迎えにいって、別

ルートを練習させてみる。

まだまだリラックスした運転は難しいようで、「そこの喫茶店

に入れよ。ケーキおごってやるから。」と甘言を投げても、

「いい。」と苦笑しつつ、私譲りの目力を真正面に見据えて

ガチガチにハンドルを固定している。

助手席で紫煙をくゆらせつつ、自由に道を選択させていると

自宅から随分とかけはなれた方角へと進む。

「このあたり…何処か解るか?」

「わからん。」

軽くずっこけて、帰路を指示する。

叱ると、メンタル的に運転が嫌いになるといけないので、

できるだけ、はじめての女性を口説くくらいの鷹揚な気持ちで

対応するように心がけている。

別の日には「どのルートを練習する?」と私が聞くと、

こともあろうか「海。…海が見えるところ。」なんて。

10年早いのである。

まだ尻に蒙古班が残っているやもしれぬ彼女には理解不能

であろうけれども、女性の口から「海が見たい。」という言葉

は男性にとってGOサインを意味するのだ。

直訳すれば「蒼い海が見える景色の良い場所へ行きたい。」

という意味の言葉も、男性の翻訳機能を介すると、あんなこと

やこんなこと、さらにはそんなことにまで発展してしまう、魔の

キーワードなのである。

車のみならず、男性心理の操縦法にも言及してやる必要性を

悟った。

いささか飛躍した比喩を用いれば、いずれ彼女も愛車を運転

して私のもとを訪れるだろう。

願わくは、均整のとれた頑丈なスポーツカーあたりが理想。

私より年代の古いクラッシックカーだとか外車なんかだと

少し考えさせてもらう。

人種差別をするつもりもないものの、黒いムスタングなんて

乗って帰った日にゃあ。あなた…。

「すいません。のと~さん。」

「嗚呼。ジーザスッ!」

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2008年10月 4日 (土)

小さな恋のメロディー

こんな人間ゆえ、連日香ばしい事件は絶えず、日記の記事

には事欠かない日々ではあるものの、ここのところ更新も

途切れ勝ちである。

秋の澄み渡った風に吹かれると、ついつい秋愁とでも言うべきか、

センチメンタルな心が頭をもたげてしまう。

以下、追憶に根ざして綴るのみで、不快に思われるむきも、

なきにしもあらんや、という前置きが必要な初恋の思い出。

問わず語りゆえ、どうぞスルーしちゃってください。

Kちゃんは二歳年上の美人さんであった。

生家の隣りに、専業農家である重厚な土壁造りの豪邸があり、

その家の長女であった。

必然的に、物心つく前から私を可愛がってくれ、いつも野山を

駆け回って一緒に遊んでくれた。

家電の大型ダンボールを手に入れた二人は、キャタピラー

よろしく、筒の中に並んで入って草むらをめくらめっぽうに

押し進んだ。

やがてバランスを崩して倒れこんでは、顔を見合わせて大笑い

したものである。

濃厚な草いきれを伴う記憶であった。

おしろい花の粉を集めたり、落ち葉で焼き芋も焼いた。

花火をしたり、子犬と戯れたりもした。

お医者さんごっこもやった。

彼女も子供なりに後ろ暗い気持ちがあったのであろう、二階の

客用布団を仕舞いこんでいる湿っぽい納戸へと導かれた。

男女の性差についてほとんど知識のない子供ゆえ、互いを

凝視するだけのあどけない行為ではあったものの、あきらかに

女性が発情した際の独特な香りは、いまも鼻腔に残る。

やがて彼女も中学生となり、突然長かった髪の毛を短く整え、

一新された制服姿を目にした時点でパタリと疎遠になってしまう。

なんだか急に大人びて、私だけがおいてきぼりをくらった感じ

であった。

高校卒業後、県外に就職した噂だけは耳にしていたが、私自身

自分の身の回りのことが精一杯で、気にも止めてなかった。

突然、母の口から彼女の訃報を聞いたときには俄かには理解

できず、黙って新聞記事を目で追った。

友人とドライブ中に事故に巻き込まれた事実が、無機質な文章

で小さく印刷されているだけであった。

松山に帰ったと聞き、随分と久し振りに訪れた隣家で、彼女は

小さな箱に収まっていた。

「moukun…。来てくれたん。」

叔母さんは、ひとまわりやつれて口にハンカチをあてた。

叔父さんは縁側で「逝ってしもた。」と、うわごとのように

繰り返すばかりであった。

お線香をあげて、遺影に目をやると、一際美しく微笑む笑顔が

こちらを見ていた。

自宅に戻ると、視界の端で、息子の心の温度を測っている母の

視線に気付いたので、「ちゃんと挨拶してきたよ。」と大人のフリを

して落ち着いてみせた。

下戸でアルコールを受け付けない父宛てに届いていたウイスキー

を自室に持ち込んでラッパ飲みしながら、声を出さずに一晩中泣いた。

明け方、空になったボトルを蹴飛ばし、少しだけトイレで吐いて、

結局お葬式には出ずに二日酔いのまま自転車で学校へむかった。

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2008年9月30日 (火)

酔いどれ天使

「悪しき習慣は心の錆びなり。」

毎度のことで、とことん酔っ払って深夜に目覚める。

暗闇に目が慣れると、リビングの定位置で倒れていたようだ。

反射的にアゴに手をやると、伸びたヒゲの感触から、入浴前に

倒れた事実を知る。

「またやってしまった…。」

僅かな反省の心さえも希薄になった近頃では、そのひとりごと

にさえ、どこか他人事の気配が漂う。

「とりあえず、風呂に入るべ。」と起き上がろうとした時点で、

全裸である自分に気が付く。

随分と昔のことに思える記憶を辿ってみると、断片的に思い出した。

酔っ払った状態でTVを眺めながら歯磨きをしていた私。

フローリングにポタポタと白い泡をこぼす私を鬼のように咎める

ワイフの声。

タオルで拭いながらも叱り続けていたようだ。

無意識のうちに洗面所で口をすすぎ、その流れのまま入浴すべく、

トランクスを洗濯カゴへ。

ところが何を血迷ったか、再びリビングに座り込む私。

煙草を一本取り出そうとしたところで事切れた状態であったようだ。

倒れたあとで、さすがに見かねたワイフが股間にタオルを

掛けてくれた行為に対して、「あ。…ありがとう。」と。

「な…なにがありがとう。よ。…。」

彼女が泣きながら視界から消えたあとの記憶はない。

KO負けの4回戦ボーイ。

数時間前の、やるせない過去を思い出して肩を落せば、携帯

電話が着信メールありのランプを点滅させているのに気付く。

「誰ぢゃ?」

画面をスクロールすれば、長女よりの着信が一件。

添付された写真は、数時間前の全裸の私であった。

題名は「中年ダビデ像」。

うぉぬぅおれっ!ふざけやがって!

憤懣やる方の無い私は、ただちに返信を返した。

「言わせておけば、くぬやるぅおうっ!覚えてらっしゃいっ!」

さすがに、その夜から自主的に禁酒して、やっと5日目。

ところが今宵はプロジェクトの打ち上げに誘われている。

意識のあるうちに自宅に辿りつければ御の字であるが、

今度はトイレでロダンの彫像のように眠っているところを

激写されぬよう、注意が必要である。

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2008年9月24日 (水)

メールヲゴランクダサイ。

鉄工所に打ち合わせに向かう車中で、ポケットの携帯が

振動した。

合成録音の女性の声で「メールヲゴランクダサイ。」

声の感じからしてお育ちのよさそうな、年の頃でいえば30代

半ばくらいであろうか。

落ち着いたその物腰から、すでに人の妻であるだろうことも想像に

難くない。

私は愛着を持って彼女に「ユウコ」と名付けている。

ユウコの指示に従い、メールをチェックしてみると、差出人は

長女であった。

「 受かったよ(・∀・)  4002 」と表示され写真が添付される。

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返す刀で「 らじゃぁ。(笑) 」と打ち込んだ。

男は顔文字なんて使わない。

おっとりと帰ってきた彼女に真新しい免許証を見せてもらう。

もし彼女が犯罪を犯せばニュースの画面に表示されそうな

凶暴な風貌で、それは仕上がっていた。

まあ、私自身のそれも自殺系サイトで次々に女性を殺めそうな

風貌に仕上がってはいる。

夕方、日のあるうちにマッハ号を運転させてみた。

うぅっ。助手席というのは、かくも違和感のあるものなのか。

無意識に、あるはずのないブレーキを踏んでしまう。

カーブの大回りやコース取りのこと等、細かなダメ出しをしながら

なんとか自宅に辿り着いた頃には、深く深く安堵の溜め息

を漏らした。

そんな私を見透かしたかのようにポケットが振動する。

「オデンワデス・オデンワデス・オデンワデス…」

ユウコリンの呼びかけにサブディスプレーを確認してみると、

そこには鉄工所の屋号がカタカナで浮かんでいた。

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2008年8月28日 (木)

コンビニにて。

夕方に必要に迫られて近くのコンビニへ。

変なこだわりかも知れないが、どうしてもコンビニに

慣れてしまうことの怖さを常に意識する。

24時間営業というのは確かに便利な一面はあるものの、

礼節を重んじる日本人の気質を希薄にした事実は否めない。

その昔、日没にまにあうようにとメロスは走ったが、

現代では「どうせコンビニがあるっしょ。」といった具合で、

お天道様に対する畏敬の念が薄れてしまっている。

いやはやすまぬすまぬと己を恥じ入りながら必要な物を

レジへと。

先客がいたので後ろに並ぶものの、ちと様子が変だ。

坂本スミ子のように部分脱色した長髪の若者が私の前

に並んでいた。

違和感を感じたのは髪の毛の色だけではない。

なんと、その坂本スミ男は、並んでいる最中にポケットから

取り出した携帯電話を掛け初めたのである。

「袋、お分けしたほうがよろしいでしょうか?」

当然、店員の呼びかけが耳に入るはずもない。

最近では慣れっこになっているようで若い男の店員は

黙々とレジをこなしている。

終始電話で話し続けつつ坂本スミ男は、お釣りを受け取り

その場を去った。

「接客中に電話されると困るよねぇ…。失礼な。」

商品をレジに置きつつ店員に語りかけると、接客マニュアル

には載ってない私の言葉に面食らった