2017年4月13日 (木)

芝浜

関西以西には寄席がないため落語文化が定着しずらいが、私自身は子供の頃からテレビで観る落語の話芸に魅了されていた。

私自身がダメな人なので粗忽者の気持ちが理解できるのである。
故談志師匠がのたまうには赤穂浪士の討ち入りで47人が脚光をあびたけれど実際には三百という家来がいたから残りの二百何十人は討ち入りに参加せず逃げちゃったという。
世間的には参加した47人を賞賛しスポットを当てるが、落語というものは逃げた側の人間にスポットを当てるものであるらしい。
人間の業「ごう」が基本命題となるもののようである。
故志ん朝師匠もそば清の枕の部分でおっしゃってたのが「人間というものはやっちゃいけないことを、いけないとわかっててやっちゃう。」
痛いほどわかるのである。
特に酒においての失敗が多い我が身が見苦しく、客観的にも許せないが落語の中にはそれすら受け入れてくれる優しさがある。
弱虫の私が落語を愛する理由である。
芝浜https://www.youtube.com/watch?v=VwcqE3N3BJc

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