MIZUTAMARI
少し前から異変は感じていたものの、大の病院嫌い
(主に注射。痛いの怖い。)により放置していた。
ところが先日の北海道の現場を終えてからというもの、
一向に痛みが退かない。
右の膝だけにとどまらず、左の膝まで痛みはじめたので
仕事に支障が出てはまずいと、急遽、心を鬼にして「渡る世間」
のテーマをハミングしつつ、恐怖の整形外科を訪ねてみた。
・
ごく近くにある「T整形」は、木春パパの口コミで知っていた。
よく聞く話で、「整形外科という処は、お年寄りにとっての
コミュニティーの場と化している。」との噂。
・
真実であった。
・
受付時間さえ確認せずに、「お年寄りは朝早いからなぁ…。」
と余裕を勘案して8時に訪れると、すでに内部は満員御礼。
永谷園の懸賞幕まで周りそうな勢い。
思い切り聞こえるヒソヒソ話によると、どうやら5時30分くらいから、
お年寄りは暗躍しているらしい。
…元気ですねぇ…。諸先輩方。
きみまろ、もしくは毒蝮三太夫に変身したい気持ちであった。
・
勝手がわからず、受付の前で、まごまごしている私を、関西の
オバチャンが見逃すはずもない。
ヨーダのようなお姐様がツカツカと健脚で忍びよる。
「ここにな。これとこれを書いて…。」
「はぁ…。」
「受付に出すっ!…ちっ!」
アゴでしゃくられても…。あたいはじめてなんだもん。グスン。
「あ。ありがとう、お母さん。でも受付9時からになってるみ…。」
「カーテンの向こうには、もうおるんじゃけん。すいませ~んっ!
すぅういませえぇ~んっ!」
背伸びして叫ぶヨーダ姐さん。
はたしてカーテンは開いた。オープン・ザ・セサミである。
色白の可愛い受付嬢に、「あの~。はじめてなので。どうすれば?」
と訊ねる。
・
「あらん。そうなのぉ?じゃあ…先に歯を磨いちゃってくださいな。」
なんて…そんなお店ぢゃあないっ!軌道修正。
てきぱきと医療事務をこなしてくれた彼女に、「かなり待ち時間
かかりますかねぇ?」と低俗な質問を投げかける。
すでに個人病院特有の順番表の47番目にサインしておいて。
ところが意外にも軽い口調で「いえ。そんなことないですよ。」と。
本当だろうか?彼女の時間の基準も曖昧なまま、ヨーダ姐さんに
お礼の合図を済ませて、表のベンチで煙草をくゆらす。
そんな私の傍らを、ひっきりなしに院内に詣でる人。人。人。
…そんなに人間が入れるのか?
いまにサザエさん家の山小屋みたいに4の字を描いて建物が
揺れるのでは?と心配させるほどの盛況ぶりである。
挙句の果てには町内会長さんまで登場したので、ご挨拶をした
ものの、益々耳が遠くなっておられる様子で、緩慢な動作のまま
院内へとロボットのように没した。…知らない。…もう。
溜め息とともに二本目の煙草に火をつける。
すると、唐突に、外部にも聞こえるくぐもったアナウンスが、
てきぱきと患者を振り分けはじめた。
「○○さ~ん△△さ~ん。物療の前へ。××さ~ん□□さ~ん。
診察室の前へ。」
・
私が最近お世話になっている全国展開の激安オートメーション
理髪店のスローガンが浮かぶ。たしか壁にかかってたっけ。
人の頭をじゃがいものように効率よく扱ってくださるナイスなお店。
・
川の流れは美しい
川の流れる様に
仕事を流す
止めたら洪水
川の流れは大きな石をも流す
・
サービスで「耳も刈ります!」と書いてあげたいけど…。
叱られるのは嫌だ。
などと感慨に耽っていると、スレンダーな看護師さんが水色の
素敵なナース服で院内から飛び出してきた。
「moukunさ~ん…。moukunさ~ん…。」
呼びかけに答えるように右手を挙げて彼女に従う。
「てめぇか?コノヤロ?探してんのに。手間取らせるな!」
と書いてある背中に恐縮しつつも診察室の前。
・
なぎら健一風の、優しそうな先生は、私の足を見るなり、
「あらあっ!よく我慢してましたねぇ?ここまでぇ?」。
冗談ぢゃない。昨日も大型トラックの荷台を何度も昇り降り
した大切なアンヨである。
「完全に水が溜まってますよぉ。」
「…。原因は…。酒の飲みすぎですかねぇ?」
「いや。レントゲンを見るに軟骨の減りでもないし、…。へんな
角度に曲げられました?」
うん。
へんな体位はとってないけど、足場の昇り降りは、此処のところ
熾烈を極めたんだ…。
・
冷たそうな銀色のトレーに、大嫌いな注射器が並ぶ。
大ぶりなサイズが。何本も。
見てみぬ振りをしつつも、すでにブルーのテーマが流れる。
今日は由紀さおりさんがスキャットを唄ってくださった。
寺島しのぶ風の看護師さんが私をベッドへといざなう。
…決して楽しいことが始まる訳ではないのがわっかっていても
男の子という生き物は、総じてアホである。
鼻の下を伸ばしたままファッションヘルスのようなベッドへ。
「もう…。いいの私。…好きにして…」。
覚悟を決めると、
「ちょっと痛いですよぉ~っ!」
嬉しそうに私の膝に針をつきたてる先生。
「せっ!センセ…イッ!…。お…男ってみんな…けだものよっ!」
と叫びたかったが、周りの看護師さんの目があるので我慢した。
というより想像したほどの痛みではなく、むしろ悪いものを
吸い取ってもらっている感が強かった。
「ああ。これで、あたいも真っ当な人間になれるわ…。」
一仕事終えた大ぶりの注射器には私の悪しき体液が充満して
いる。
昔懐かしいニッケ水の黄色みたいな体液。
「左はねぇ。二本も捕れたよぅ。」と昆虫採集のごとく喜ぶ先生。
よかったね。先生。
・
事後処理は寺島さんが担当してくれ、カーテンで締め切った
個室で優しく湿布薬及びサポーターを装着してくれた。
ふと気付いて、重病人でもないんだから自分で装着しようと
手を伸ばし、「ありがとう。あとはできます。」と艶っぽく言うと
彼女の頬が少し赤らんだように見えた。……だけ。
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