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2008年10月28日 (火)

壊れかけのRadio

商業デザイナーであるT氏とは、これまでにも何度か

面識はあった。

寡黙で気取りの無い「剛毅木訥」という印象だけを漠然と

感じていた。

次回の現場の件で、彼の事務所で打ち合わせを行うこととなり、

まだ、真新しいマンションのエントランスで待っていると、約束の

時間より少し遅れて彼は到着した。

セキュリティーを素早く解除すると2階の事務所に、エレベーター

すらもどかしく階段を駆け上がる彼に続く。

トレンディードラマの舞台になりそうな一室に、チンピラのように

キョロキョロしながらお邪魔する。

入口を入ってすぐ右手のキッチンにはペーパーフィルター

抽出によるコーヒーの残骸が男臭く放置されていた。

うなぎの寝床のように細長いカウンターで二分割された部屋と

隣りの部屋にも仕事用のPCが乱立する。

「アップルですか?」

「アップル2台、ウインドウズが2台。」

うながされるままに近未来的な椅子に身体をあずける。

いつの間に操作したのか、部屋には今井美樹の、もたれるような

甘い歌声が流れはじめた。

音源を目で追ったが、すぐには発見できなかった。

改めてBOSEスピーカーの性能の素晴らしさを目に…否。

耳に見せられる。

図面をプリントアウトしてもらう間に、目に止まったガラスの

飾り棚を占拠するCDの背見出しを目で追う。

丁度私より10歳年上らしい落ち着いた選曲ばかりだ。

いつのまにかBGMは井上揚水の気だるいヴォーカルに

変っている。

「あれ?有線ですか?」

「いや…自分で…。」

「ああ。」

沸騰するケトルが会話を途切れさせると、ほどなく小振りな

ティーカップにプレーンな紅茶を満たしてくれた。

切なくも聞き覚えのあるイントロが耳に忍び込んだとき、私は

完全にリラックスしていた。

壊れかけのRadio。

徳永英明の澄んだ舌足らずの歌声が流れる。

危ない危ない。

もしT氏のルックスが、修復さえ困難な壊れかたでなかったら、

私は抱かれていたかもしれない。

打ち合わせを終えて帰路につくと、前を走るRV車から少年が

手を振ってきた。

081028_1424244

その仕草が屈託なく可愛くって、おおげさに振り返す。

よく見ると何故か後部のガラスが無い。

そのことによる開放感からか、少年はしつこいくらいに私に

手を振ってくる。

何度も笑顔をやりとりしつつも、お別れの交差点で私の車は

右にウインカーを上げた。

少しがっかりした表情で手を振る少年に満面の笑みで手を

振り終える。

脳裏に残っていたさっきの歌をくちずさんでいると、知らぬまに

サングラスの奥の右目だけから涙がひとすじ流れた。

壊れかけのRadio

http://jp.youtube.com/watch?v=oxpe80Ae2rE

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2008年10月12日 (日)

鬼教官殿

まがりなりにも、学ぶ力を持っている長女との会話は楽しい。

私が少々、イレギュラーな話を投げても、逆回転のアクション

が宿った言葉を投げ返してくれる。

私を「反面教師」として学んだ成果が現れはじめたようだ。

町外れにある大学病院での講義が続く彼女に、登校時は

自分でハンドルを握らせ、下校時に再度迎えにいって、別

ルートを練習させてみる。

まだまだリラックスした運転は難しいようで、「そこの喫茶店

に入れよ。ケーキおごってやるから。」と甘言を投げても、

「いい。」と苦笑しつつ、私譲りの目力を真正面に見据えて

ガチガチにハンドルを固定している。

助手席で紫煙をくゆらせつつ、自由に道を選択させていると

自宅から随分とかけはなれた方角へと進む。

「このあたり…何処か解るか?」

「わからん。」

軽くずっこけて、帰路を指示する。

叱ると、メンタル的に運転が嫌いになるといけないので、

できるだけ、はじめての女性を口説くくらいの鷹揚な気持ちで

対応するように心がけている。

別の日には「どのルートを練習する?」と私が聞くと、

こともあろうか「海。…海が見えるところ。」なんて。

10年早いのである。

まだ尻に蒙古班が残っているやもしれぬ彼女には理解不能

であろうけれども、女性の口から「海が見たい。」という言葉

は男性にとってGOサインを意味するのだ。

直訳すれば「蒼い海が見える景色の良い場所へ行きたい。」

という意味の言葉も、男性の翻訳機能を介すると、あんなこと

やこんなこと、さらにはそんなことにまで発展してしまう、魔の

キーワードなのである。

車のみならず、男性心理の操縦法にも言及してやる必要性を

悟った。

いささか飛躍した比喩を用いれば、いずれ彼女も愛車を運転

して私のもとを訪れるだろう。

願わくは、均整のとれた頑丈なスポーツカーあたりが理想。

私より年代の古いクラッシックカーだとか外車なんかだと

少し考えさせてもらう。

人種差別をするつもりもないものの、黒いムスタングなんて

乗って帰った日にゃあ。あなた…。

「すいません。のと~さん。」

「嗚呼。ジーザスッ!」

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2008年10月 4日 (土)

小さな恋のメロディー

こんな人間ゆえ、連日香ばしい事件は絶えず、日記の記事

には事欠かない日々ではあるものの、ここのところ更新も

途切れ勝ちである。

秋の澄み渡った風に吹かれると、ついつい秋愁とでも言うべきか、

センチメンタルな心が頭をもたげてしまう。

以下、追憶に根ざして綴るのみで、不快に思われるむきも、

なきにしもあらんや、という前置きが必要な初恋の思い出。

問わず語りゆえ、どうぞスルーしちゃってください。

Kちゃんは二歳年上の美人さんであった。

生家の隣りに、専業農家である重厚な土壁造りの豪邸があり、

その家の長女であった。

必然的に、物心つく前から私を可愛がってくれ、いつも野山を

駆け回って一緒に遊んでくれた。

家電の大型ダンボールを手に入れた二人は、キャタピラー

よろしく、筒の中に並んで入って草むらをめくらめっぽうに

押し進んだ。

やがてバランスを崩して倒れこんでは、顔を見合わせて大笑い

したものである。

濃厚な草いきれを伴う記憶であった。

おしろい花の粉を集めたり、落ち葉で焼き芋も焼いた。

花火をしたり、子犬と戯れたりもした。

お医者さんごっこもやった。

彼女も子供なりに後ろ暗い気持ちがあったのであろう、二階の

客用布団を仕舞いこんでいる湿っぽい納戸へと導かれた。

男女の性差についてほとんど知識のない子供ゆえ、互いを

凝視するだけのあどけない行為ではあったものの、あきらかに

女性が発情した際の独特な香りは、いまも鼻腔に残る。

やがて彼女も中学生となり、突然長かった髪の毛を短く整え、

一新された制服姿を目にした時点でパタリと疎遠になってしまう。

なんだか急に大人びて、私だけがおいてきぼりをくらった感じ

であった。

高校卒業後、県外に就職した噂だけは耳にしていたが、私自身

自分の身の回りのことが精一杯で、気にも止めてなかった。

突然、母の口から彼女の訃報を聞いたときには俄かには理解

できず、黙って新聞記事を目で追った。

友人とドライブ中に事故に巻き込まれた事実が、無機質な文章

で小さく印刷されているだけであった。

松山に帰ったと聞き、随分と久し振りに訪れた隣家で、彼女は

小さな箱に収まっていた。

「moukun…。来てくれたん。」

叔母さんは、ひとまわりやつれて口にハンカチをあてた。

叔父さんは縁側で「逝ってしもた。」と、うわごとのように

繰り返すばかりであった。

お線香をあげて、遺影に目をやると、一際美しく微笑む笑顔が

こちらを見ていた。

自宅に戻ると、視界の端で、息子の心の温度を測っている母の

視線に気付いたので、「ちゃんと挨拶してきたよ。」と大人のフリを

して落ち着いてみせた。

下戸でアルコールを受け付けない父宛てに届いていたウイスキー

を自室に持ち込んでラッパ飲みしながら、声を出さずに一晩中泣いた。

明け方、空になったボトルを蹴飛ばし、少しだけトイレで吐いて、

結局お葬式には出ずに二日酔いのまま自転車で学校へむかった。

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