壊れかけのRadio
商業デザイナーであるT氏とは、これまでにも何度か
面識はあった。
寡黙で気取りの無い「剛毅木訥」という印象だけを漠然と
感じていた。
・
次回の現場の件で、彼の事務所で打ち合わせを行うこととなり、
まだ、真新しいマンションのエントランスで待っていると、約束の
時間より少し遅れて彼は到着した。
セキュリティーを素早く解除すると2階の事務所に、エレベーター
すらもどかしく階段を駆け上がる彼に続く。
トレンディードラマの舞台になりそうな一室に、チンピラのように
キョロキョロしながらお邪魔する。
入口を入ってすぐ右手のキッチンにはペーパーフィルター
抽出によるコーヒーの残骸が男臭く放置されていた。
うなぎの寝床のように細長いカウンターで二分割された部屋と
隣りの部屋にも仕事用のPCが乱立する。
「アップルですか?」
「アップル2台、ウインドウズが2台。」
うながされるままに近未来的な椅子に身体をあずける。
・
いつの間に操作したのか、部屋には今井美樹の、もたれるような
甘い歌声が流れはじめた。
音源を目で追ったが、すぐには発見できなかった。
改めてBOSEスピーカーの性能の素晴らしさを目に…否。
耳に見せられる。
・
図面をプリントアウトしてもらう間に、目に止まったガラスの
飾り棚を占拠するCDの背見出しを目で追う。
丁度私より10歳年上らしい落ち着いた選曲ばかりだ。
いつのまにかBGMは井上揚水の気だるいヴォーカルに
変っている。
「あれ?有線ですか?」
「いや…自分で…。」
「ああ。」
沸騰するケトルが会話を途切れさせると、ほどなく小振りな
ティーカップにプレーンな紅茶を満たしてくれた。
・
切なくも聞き覚えのあるイントロが耳に忍び込んだとき、私は
完全にリラックスしていた。
壊れかけのRadio。
徳永英明の澄んだ舌足らずの歌声が流れる。
危ない危ない。
もしT氏のルックスが、修復さえ困難な壊れかたでなかったら、
私は抱かれていたかもしれない。
・
打ち合わせを終えて帰路につくと、前を走るRV車から少年が
手を振ってきた。
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その仕草が屈託なく可愛くって、おおげさに振り返す。
よく見ると何故か後部のガラスが無い。
そのことによる開放感からか、少年はしつこいくらいに私に
手を振ってくる。
何度も笑顔をやりとりしつつも、お別れの交差点で私の車は
右にウインカーを上げた。
少しがっかりした表情で手を振る少年に満面の笑みで手を
振り終える。
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脳裏に残っていたさっきの歌をくちずさんでいると、知らぬまに
サングラスの奥の右目だけから涙がひとすじ流れた。
・
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壊れかけのRadio
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