水曜日に八幡浜という港町の現場に行った。
到着はしたものの、什器の搬入が遅れているため、
作業に着手できない。
すっかりと手持ち豚さんになってぶぅ~ぶぅ~と文句を
いっていても埒はあかず。
責任者に歩み寄り、落ち着いたふりで段取りを打ち
合わせながら目の力を1.5倍に上げてみる。
途端にハエを追うように機敏に上を見上げた様子から
私のテレパシーが脳天に届いたのは確実であった。
「サッサトシヤガレ。イツマデモ…以下放送禁止用語。」
手待ちが私一人なら結構であるが、ご同行いただいた
敏腕職人のH氏に申し訳がないのである。
いずれにしても午後からでないと作業できない様子
のため、一旦現場を離れた。
あてどもなく海を見に行ったり、釣具屋さんをひやかし
たり…。
こんなことなら最初から竿を持ってくればよかったのだ。
・
「少し早いけどお昼にしましょか?」
私の問いかけに快くうなずくH氏に提案する。
「最近、八幡浜は、ちゃんぽんで町おこしに力を入れて
るから試しに食べてみましょうよ。」
きっぱりと言い切ったものの、どこといって知ったお店が
あるわけでもなかった。
知らないときには聞けばいい。
私は躊躇せず駅前交番に飛び込んでみる。
・
オイタをしていた若い頃はおまわりさんを見ると理由も
なくコソコソと逃げ出したものであるが、今は立派な?
社会人。
叩けばホコリが出るどころか、逆さに振っても鼻血も
出ないのであった。やれやれである…。
はて、ありきたりの事務机の向こうに定年間近の
おまわりさんがひとりぽつねんと座っていた。
大ぶりの老眼鏡を上げつつ「どうしました?」
「ええ。2~3日前から咳が続きまして。熱も出始め…。」
おい。違うよ。moukun。それは病院。
かいつまんで事情を話すと住宅地図を広げて虫眼鏡で
真剣に探してくれた。
「この近くにも店はあるけど…ここなら間違いないです。」
ご丁寧に観光用の地図まで頂き、道順まで詳細に
教えてくださった。
日本のおまわりさんを舐めてはいけないのである!
御礼を言って交番を出ると、教わったとおり商店街の
近くのパーキングにトラックを置き、H氏と並んで目的
のお店「ロンドン屋」を探す。
「あった!ここや…。のれん…。無いけど。」
しばらく泳いだ目が「水曜日定休」の文字に止まる。
日本のおまわりさんは時々あてにならないものである。
・
「んふっ!ど~するんだよぉえぇっ?今泉くんっ!」
咄嗟に田村正和化した私は人差し指と中指を額にあて
思案に暮れたあげく、急遽、地元の人を探すことに。
あたりを窺がうと工事現場の交通整理をしている男性を
発見。
かくかくしかじかと事情を述べると「このあたりは水曜日は
休みなんですよ。」とにべもなく答える。
相手をしていてもためにならない人物と知るや、非情な私
は、お礼の挨拶だけは投げつけてその場をあとにする。
だんだんと意地になってきて、「ちゃんぽんは何処ぢゃ!」
と、こめかみに漫画のようなマークが入った私の背後から
声がかかる。
「丸窓が美味しいよ!」
振り返ると先ほどの交通整理の男を押しのけて、丁度、
私の母親くらいの年輩の女性が、やはり交通整理の制服
で、こちらに呼びかける。
「市民病院の近く。丸窓行きなはいや。美味しいぜ。
おばちゃんはいつもそこで食べよる。」
「松山の人じゃけん。場所がわからんがよ。」
静止する男をものともせず「この前も松山の人に教えて
あげたがよ。すぐに解るけん。市民病院の前で丸窓は?
て聞いてみさい。」
「ありがとう。お母さん。」
圧倒的な親切に背中を押されて、哀れ二人は再び放浪
の旅を続ける。
・
駐車場に戻り、おまわりさんに頂いた地図を眺めると、
その中にしっかりと掲載されていた。
大きすぎる街では想像もできない話であろう。
見えない力に吸引されるがごとく、私達二人は市民病院
の前付近にたどりつく。
「丸窓…丸窓…。」脳裏に反芻しつつハンドルを切って
いると木製の丸い窓が見えた。
赤いパトライトが回転していることから営業中なのは
理解できるが、何処にも屋号の表記が無い。
ただ、「御食事処」と色褪せた暖簾がたなびくのみ。
・
トラックは市民病院の駐車場に止めて、恐る恐る
引き戸を開けてみた。
「あれ?お客さんが来ちゃったよ?何故だろう?」という
顔色のご主人に、あわてて事情を説明する。
「交通整理のお母さんにここが美味しいよと教えて
もらったんですよ。」
「ああ。それは、それは。」
・
注文の品が出るまで、所在無くチンピラのように隅々を
見渡す。
天井には黄緑の小振りな扇風機。
壁には手書きのメニュー。
色褪せたデコラ貼りのテーブルといい、全てが合格。
昭和レトロの真髄である。
私の心は懐かしい少年時代へと解き放たれた。
・
運ばれた「ちゃんぽん」にはすでにコショーがかかる。
私は常々、作っていただいた方の意思を尊重して、
最初の一口だけは調味料をご遠慮するのであるが、
郷に入れば郷に従えである。
「ええい。毒くらわば皿までよ。」と口にしてみたところ、
昔懐かしいおふくろの味のする「ちゃんぽん」であった。
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