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2006年10月31日 (火)

綺麗な死に方

必修漏れの件で校長が自殺をはかったらしい。

亡き人を悪く言うのもはばかられるものの、生徒達に

とっては悪い教訓となることであろう。

責任をとって辞めるとか、死をもって謝罪の意を表す

というのはいささか方向がずれていると考える。

格好悪くてもいいじゃないか。

逃げずに過ちを修復する姿を生徒に見せてあげて

ほしかった。

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日本人には間違った思想があって「昭和枯れすすき」

のように「いっそ綺麗に死のうか…。」みたいな考え方

が平成になっても残っているようだ。

綺麗になんか死ねるもんか。

首吊りなんかしようものなら大小便は垂れ流しの

状態で発見される。

飛び降りたら脳味噌飛び散り、事後処理の人は

当分、塩辛食べれない。

じゃあ入水しようかとなれば、何日かたってから

腐敗ガスでぱんぱんにふくれて浮かんでくる。

大山のぶ代さんのハスキーな声が

「ぼく土座衛門!」と叫ぶのである。

生き恥をさらせばいいのである。

一週間のうち6日は格好悪い日が続いてもいいのだ。

今年の春にワイフの曾祖母が他界した。

94歳の大往生である。

当然、息子達も定年を過ぎたお年寄りばかりで

お葬式の席も淡々と進行した。

ところが最後のお別れで棺に花を入れていると、

年老いた息子達は口々に「お袋、ありがとうな。」

たちまち棺の中は花と感謝の言葉で溢れた。

礼服の袖口で涙をごまかしながら綺麗な逝き方

だなと感動した。

田舎ゆえ、ごく小さな火葬場に棺が入れられたとき、

茂吉の「死にたまふ母」の一節が胸をよぎった。

「星のゐる、夜空のもとに赤赤と、ははそはの母は

燃えゆきにけり           斎藤茂吉    」

解説も無粋であるが「ははそはの母」とは「母ぞあの母」

であり、「母さん、嗚呼あの母さん」である。

嗚呼の部分には当人にしか解らない母との思い出が

含まれている。

みっともなく、恥じを重ねながらでも最後にできるだけ

沢山の人から「ありがとう。」と送ってもらえるように、

日々を過ごしていきたいものである。

一週間のうち7日が格好悪い男だけれど。

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受信: 2006年12月30日 (土) 13時54分

コメント

こんばんは♪

私も、この校長先生の自殺には思わず
「何で死んじゃうのよ!!」
とテレビに叫んでしまいました。
生きてほしかった。
生きて、生き抜いてほしかったです。
先生なんだから…

moukunさん…今日は泣いちゃいました。
moukunさん、このきれいな海、きらきらした海…
きれいなんだけど、記事と並ぶととても切なく、悲しい風景に見えてしまいました。
死んじゃダメだよ…

投稿: machi | 2006年10月31日 (火) 22時09分

おはようございます。

今朝起きて moukunさんのこの文を読ませていただき
感じるものがありました・・・・

一週間のうち7日が・・・・>
 だなんて そんな・・・(笑)

 一瞬に 瞬きするかの如き 輝きかな。
 です。

お見事! ☆
がんばって 生きましょ・・・

投稿: たま | 2006年11月 1日 (水) 06時25分

machiさん、おはようございます。
ボクは死にましぇ~ん!
しめっぽい記事になっちゃいましたねぇ。
ごめんごめん。
笑わせるのが本業なのに。
海の青が悲壮感を際立ててしまったようです。
実際は以前、南のほうへ釣りに行ったとき携帯で
うきうきしながら撮った写真です。
今度は笑わせるね。
けど、いつもおバカな記事ばかりだと本物のおバカだと
おもわれるやん。(笑)

たまちゃん、おはようございます。
朝から、おバカなページへようこそ。(笑)
毎日、汗かき恥じかき頑張ってます。
写真もねぇ、携帯じゃなくデジカメで撮影すれば綺麗に撮れるの
ですが、いつも忘れるのです。
今日も格好悪い一日のスタートです。(笑)

投稿: moukun | 2006年11月 1日 (水) 08時30分

ほんとだよねぇ。
うんうん頷きながら読みました。
私は大人になるまでずーっと死ぬ事ばかり考えてたけど、逃げないで頑張ってきてよかったなぁと今しみじみ思います。辛くても格好悪くても生きてさえいえればいいことあるもんね。

投稿: べあ | 2006年11月 1日 (水) 09時10分

こんにちは。
この件は知らなかったです。
そうですよね、死んじゃだめですよね。
今は苦しくて辛いかもしれないけど、その先にはいい事もまだあるかもしれないのにね。
中学の時の先生が、私の母校の中学の校長先生になった時には、
「どうか、何も事件が起こらず無事に定年を迎えられるますように。」
と祈りましたけど(^^ゞ   (無事定年を迎えました。)

moukunさん、っていつでもかっこ良く見えるな~(゚∇^*)

投稿: sato | 2006年11月 1日 (水) 11時12分

べあさん、こんにちは。
そうですね。
生きていればこそ、こうして不思議なご縁もあります。(笑)
よくぞアチラ側に逃げずに頑張ってくれました。
今では幸せいっぱいの毎日だとお察しします。(笑)
>satoさん、こんにちは。
そうなんですよ。
誰でも一度くらいは向こうに行っちゃいたくなるものですが、
こちらにとどまる我慢が必要だと思います。
校長先生に昇進された先生を気遣われるとは…。
satoさんはとっても心の優しい人ですね。
祈りが届いて無事定年ですか。
あっ。
それで同窓会なんですね。
誤解なさってはなりませぬ。
毎日ズッコケmoukunです。(笑)

投稿: moukun | 2006年11月 1日 (水) 13時15分

こんばんは。

命の尊さを教えるはずの立場の自殺・・・・子ども達の為にも生き抜いて欲しかったですね。
校長先生も孤独だったのかもしれません。違う方法も友となら見つけられた気がします。

私には履修漏れの件の発覚が、どうして今なのか気になってなりません。
校長会・教頭会・教研集会等など、横の連携は密な世界じゃないかと思っています。
全国的に広がる履修漏れ、今に始まった事ではないと思うのですが・・

投稿: toshi | 2006年11月 1日 (水) 21時59分

toshiさん、おはようございます。
そうですね。
悩みを相談できる人の存在があれば、思いつめた気持ちの
緩和がはかれたでしょう。
さすがに、いい目をお持ちですね。
ニュースに出た当初、私がワイフに言った第一声が
「誰が指したんやろ?」です。
意図あって混ぜているのなら最善の教育再生を望みたいところですね。

投稿: moukun | 2006年11月 2日 (木) 08時36分

こんばんは

まだ生きてゆけるのに、死んではいけません。
痛いと感じるのは生きているからこそ。
悲しい、苦しいと感じることも生きていればこそ。
死んでしまったら、何も感じることはできません。

私なんか、こんなふうにしているけど いつどうなるかわからないでしょ?
自分で死ぬなんて考えられない。どうして、まだ生きてゆける身体の丈夫な人が死んじゃうの?
息子は、私のそのときがきたら、ショパンの葬送行進曲を弾いて送ってくれるのだって。
娘は、私が検査に行くたびに、「悪いときは はっきりと言ってね。心の準備だけはしたいから。」と言う・・・。
こんな家族もいるのに。
どんなに苦しくったって、命は自分で絶つものではないと思います。

ごめんなさい。私、ちょっと自分のこと書きすぎたみたい。
moukunさん、読んでくれたら・・・このコメント、削除してください。

投稿: サラ | 2006年11月 2日 (木) 23時35分

サラさん、おはようございます。
いろんなことを考えさせられる出来事でしたね。
私は娘に最後の曲はショパンの「別れの歌」でお願いしてます。(笑)
サラさん家の兄妹も随分と大人びて、母をいたわってくれるようです。
削除だなんて。
心のこもったコメントありがとうね。
おっと。
いってきま~す!

投稿: moukun | 2006年11月 3日 (金) 06時40分

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